顕微授精という言葉に、ある日突然出会った
人工授精を4回くらい続けたあと、結果が出なくて、通っていたクリニックの先生から「次は体外受精か、顕微授精を考えていきましょう」と言われたときが、初めて顕微授精という言葉をちゃんと意識した瞬間でした。それまで、体外受精は知っていたんです。テレビとかでも見るし、職場の先輩にも経験者がいたので。でも、顕微授精って、なんとなく「体外受精の上位版」みたいなイメージしかなくて。
改めて先生から「Aさんご夫婦の場合は、ご主人の精子の運動率が少し低めなので、顕微授精の方が確率が上がる可能性があります」と言われたとき、頭の中が真っ白になりました。「えっ、夫の精子?」って、本当に最初は飲み込めなくて。私の問題だと思って治療してきた1年半が、何だったんだろうって。
顕微授精(ICSI)は、顕微鏡下で1個の精子を卵子に直接注入する受精方法で、精子の数や運動率が体外受精では十分でないケースなどに選ばれる治療法です。男性側の要因がある場合に勧められることが多く、ご夫婦双方にとって心理的な節目になることが知られています。
「あなたのせいじゃない」では足りなかった
クリニックを出て、駅まで歩きながら考えていました。どう伝えればいいんだろうって。「顕微授精を勧められたよ」だけ言うのも違うし、「あなたのせいじゃない」って言うのも違う。
結局その日の夜、ご飯のあとに「先生に言われたんだけど」って、なるべく事実だけ淡々と話しました。「精子の運動率が少し低いみたい」「顕微授精の方が確率が上がる可能性があるって」って。夫はすごく黙っちゃって。10秒くらいかな、その沈黙が永遠みたいに長く感じました。
そのあと夫は「ごめん」って言ったんです。「ごめん、俺のせいで」って。私、その瞬間に、絶対にそこで「あなたのせいじゃないよ」って言っちゃダメだと思ったんですよね。違うんです。それは、夫が言いたい言葉を私が遮ることになる。だから、ただ「ありがとう、話してくれて」って言いました。
男性不妊は、不妊原因の約半数に関わるとされる重要なテーマです。一方で、ご夫婦の中で言い出しにくさを抱える方も少なくないと言われています。一般的に、検査や情報収集を「お二人で一緒に進める」ことが心理的負担の軽減につながると指摘されています。
「自然じゃない」と感じたあのモヤモヤ
正直、最初はありました。「精子と卵子が出会う場所を、医療者が決める」っていう感じが、自分の中でうまく消化できなくて。これって人として越えていいラインなのかな、って何度も考えました。
ただ、いろいろ調べていくうちに、「自然」って何を指してるんだろう、って思うようになって。眼鏡をかけるのも自然じゃないし、帝王切開も自然じゃない。でも、それで命が救われる選択肢があるなら、それも一つの「自然」なんじゃないかな、って。
あと、これは私の友達が言ってくれた言葉なんですけど、「自然じゃない方法を選んでまで子どもを持ちたいって、すごく強い気持ちじゃない?」って。それで、ふっと肩の力が抜けた気がしました。
情報の波の中で、地に足をつけるために
最初はXとInstagramで、「#顕微授精」「#妊活」みたいなタグを見まくっていました。でも、検索すればするほど、不安だけが増えていく時期がありました。誰かが「○回目で成功した」って書いていれば、自分が遅れているように感じるし、「○回ダメだった」って読めば、自分もそうなるんじゃないかと怖くなる。
あるとき、自分のためにルールを決めたんです。
- 夜は調べない(眠れなくなるから)
- 「○回で成功した/ダメだった」のような数字の話は、自分の参考にしない
- 信頼できる医療情報サイトと、リアルな声を、意識的に分けて読む
あとは、思い切ってクリニックに「カウンセラーさんとお話する時間をいただけませんか」とお願いしてみました。私たちが通うことになったクリニックには、不妊治療に詳しいカウンセラーさんがいて、そこで30分ちゃんと話を聞いてもらえたのが、すごく救いになりました。検索じゃ得られない、「あなたの状況なら」っていう個別の答えが返ってくるのが、本当にありがたくて。
顕微授精に関する情報は、医学的に確立されたものから個人の体験ベースのものまで幅広く存在します。一般的には、日本生殖医学会・日本産科婦人科学会等の公式情報や、医師監修の解説記事を「土台」として確認した上で、個人ブログ・SNSは「他者の感情の参考」として位置付けて読むと、情報疲れを抑えやすいとされています。
仕事と治療の両立、私が現実に取った選択
私はマネージャー職で、メンバーのマネジメントもあるから、急な休みは正直難しいタイプの仕事でした。だから、上司にだけは「不妊治療をしていて、これから通院頻度が増える可能性があります」と早めに伝えました。
「具体的に何をどうしてほしい」までは言わず、「もし急に予定変更があったら、配慮してもらえると助かります」とだけ。あとは結果的にすごく協力的に動いてくれて、ありがたかったです。
通院は、新宿駅近くのクリニックを選びました。これは大きかったです。会社が新宿だったので、朝の採血だけ通って、それから出社する、みたいなパターンが組めたのは本当に助かりました。土曜日も診療してくれるクリニックを選んだのも、平日休めない日のための保険として大事でした。
不妊治療と仕事の両立支援は、近年多くの企業で制度化が進んでいます。「治療目的の通院制度」「フレックスタイム」「半日休暇」などの制度の利用や、上司・人事への限定的な相談という形で対応を選ぶ方が増えていると言われています。通院しやすい立地・診療時間のクリニック選びも、両立の現実的な土台として重要視されています。
「思っていたより高くなかった」と「想定外」の両方
2022年から不妊治療が保険適用になったのは、本当に大きかったです。私たちが治療を始めた頃には保険適用の制度がもう動いていたので、体外受精・顕微授精も含めて3割負担で治療を受けられるケースが多かったです。
ただ、想定外だったのは「先進医療」の部分。タイムラプス(受精卵の培養を動画で観察する技術)や、SEET法、PGT-A検査など、保険適用外で別途費用が発生する選択肢があって、ここはオプションを足すたびに数万円〜十数万円ずつ積み上がっていく感じでした。
なので私が大事だなと思ったのは、最初の段階で「全部込みでいくらになりそうか」を、保険適用・先進医療オプション・自費の部分も含めて、概算で出してもらうこと。クリニックによってはちゃんと書面で出してくれます。あとから「え、こんなに?」とならないために、ここは絶対に確認した方がいいです。
2022年4月から、体外受精・顕微授精・男性不妊治療の一部が公的医療保険の適用対象となりました。一方で、いわゆる「先進医療」に位置付けられる検査・技術(タイムラプス培養、PGT-A、SEET法、ERA検査など)は、現在も患者の自費負担となります。事前見積もりと、医療費控除・先進医療特約の活用が、費用面の負担軽減の鍵とされています。
夫婦の言葉、夫婦の沈黙
「夫を傷つけたくない」って、ずっと思っていたんです。でも、ある時期から「傷つけないようにしすぎる」ことが、逆に二人の距離を広げてしまうことに気づいて。
たとえば、私が一人で病院に行って、検査の結果を聞いて、それを家でうまく要約して伝える、みたいなことを続けていた時期があって。それって優しさのつもりだったんですけど、夫からしたら「自分は当事者なのに、間接的にしか情報が来ない」って感覚があったみたいで。
だから途中から、できるだけ一緒に病院に行くようにしました。夫の精液検査の結果を聞く日も、二人で。最初は気まずいかなと思ったけど、ちゃんと同じ部屋で同じ医師の説明を聞くことで、「私たち二人の問題」っていう感覚が戻ってきた気がします。
あと、家の中で治療の話ばかりにならないようにも気をつけました。週末は「妊活の話はナシ」って決めた日も作って。映画見たり、ちょっと遠出したり。
打ち明けられる人を、一人でも持っておく
正直に言うと、家族には言いませんでした。両親に話したら、もっと心配させてしまうし、特に義理の家族には、夫の検査結果のことを話すのは難しかった。
だから私は、独身時代からの友達一人に、全部話していました。彼女自身は不妊治療経験者ではなかったんですけど、ジャッジしないで聞いてくれる人だったのが大きかった。「すごいね、頑張ってるね」も「大丈夫だよ」も言わない。ただ「そうなんだね」「それはきつかったね」って言ってくれる。それで救われた夜が何度もあります。
あとはクリニックのカウンセラーさん。これも本当に大きかったです。家族でも友達でもない、第三者の専門職が話を聞いてくれるって、こんなに楽になるものなんだ、って。
いま、振り返って思うこと
「もっと早く、夫と一緒に検査を受ければよかった」って、これは絶対に伝えます。私たち、最初の1年はずっと私側の検査だけで原因を探していたんです。男性側の検査って、なんとなくお互い言い出しにくくて、後回しになっていた。でも、結果的に男性因子もあったんだから、最初から一緒に検査した方が、回り道しなかった。
あと、「クリニック選びを、もう少し時間をかけて」って言うと思います。私は最初、家から一番近い病院に通っていたんですけど、途中で「通いやすさ」「カウンセリングの手厚さ」「夫が一緒に行きやすい雰囲気」って、自分たちにとっては全部大事な軸だったって気づいて。途中で転院することになって、それはそれで大変でした。
これから始める方へ
「自然じゃない」気がして迷う気持ちも、夫を傷つけたくない気持ちも、全部、大事にしてください。それは弱さじゃなくて、ちゃんと向き合っている証拠だと思います。
そして、できるだけ早く、お二人で一緒に動き始めてください。検査も、情報収集も、クリニック見学も、二人でやる。それだけで、treatment じゃなくて「二人のプロジェクト」になる気がします。
私たちはまだ治療の途中です。結果がどうなるかはわかりません。でも、夫婦としての関係は、治療を通じて深まった実感があります。それはどんな結果が出ても、私たちにとっての宝物だと思っています。